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とある魔術のindex_html

すきなものについて語ります

楽器

バイオリン 音楽

先週末にバイオリン工房を訪れた。私の師匠とずっと付き合いのある工房で、2年ほど楽器をレンタルさせてもらっている。私はその楽器をとても気に入ってダンナと名付け、毎日イチャイチャしている。もうレンタルよりもお買上げしたいなという気持ちが起こり、工房に買い取りの相談に伺った。

工房では比較検討用に同じサイズ(8分の7)のものをひとつ試奏させていただいた。

バイオリンとは、いっちょまえに弾こうとしたなら量産品ではなく工房製のものを選ぶことになり、数十万円〜数億円にいたるピンきり沼に片足を踏み入れるものだ。職人さんによるとダンナは工房製で、形もふくらみも現行のフォルムとは違った特徴をもっているそうだ。「僕が修理したんですがほんとにいい楽器なんですよ」と誇らしげ。

試奏させていただいたのは80年前くらい?のフランス製で、仕上げのみを職人が手掛けた半量産品。とはいえ良く鳴ることは私にもわかるし、音色もやわらかく明るい感じだった。しかもお値段はダンナより4割くらいお安かった。結構心が揺さぶられたのだが、2年使い込んだ愛着には代えがたい!ということでやっぱりダンナと添い遂げることにした。

古いバイオリンはボディの木材が乾燥しきって湿度の影響をうけにくく、良い音がする。ダンナは新しく見積もっても1850年頃につくられたものだそうで、枯れた良い音が鳴るようだ。加えて見た目のアンティーク感というか、古い板にしかない風合いもかっこいい。買い取ることを決めたら、職人さんはうれしそうに、歯医者が使うようなミラーを取り出してf字孔に差し込み、これまでの修理跡をみせてくれた。

160年以上前にドイツかどこかでつくられて、1905年にチェコで修理された楽器が、たくさんの奏者や職人さんの手を渡って、私のところにやってきたのってすごく尊くないですか。よくぞ生き延びてくれたなぁ。私もこの楽器を引き継ぐのだから、見合う腕を身に着けなくちゃな。

昨日はセッションだった。バイオリンでの本番はもう10回目とかになる!演奏の機会に恵まれているのはありがたいことだ。 今回は正直なところ練習不足で、ミスが多かったのが悔しいのだけど、前回・前々回のセッションでご一緒した方から「毎回レベルアップしてるのがわかる」と言って頂けたし、1曲だけすごくうまくいったのがあって、それを褒めてもらえたので嬉しかった。バイオリンをやってない人から褒めてもらえたのははじめてかもしれない! そんなに緊張せずに弾けるようになってきたのも自分としては前進した実感がある。周りの奏者の方の演奏がとにかくレベル高くてリスナーとしても最高にたのしかった!

バイオリンをはじめて、あと2ヶ月くらいでちょうど3年が経つ。始めた頃は3日坊主で終わるかもしれないと思ってあまり表立って練習していることを言えなかったけど、今はすっかり自分の生活とアイデンティティの一部になった。バイオリンをやってなかったころの自分の生活はもううまく思い出せない。 弾ける状態があるかぎり大切にしていきたいなぁ。

今回のセッションでは3ポジと高音域に印をつける小細工をした。KIRINJIの弓木ちゃんがそうしているのを見て、よい演奏をするための工夫に感じ入り、真似した。安心感があって落ち着いて弾けてよかった。

お題「演奏できる楽器」 お題「愛用しているもの」

ギャップを埋める

目指すところ、目標、そういうのを定めて、その点と現状を比較したときのギャップを埋める……という生き方を今までしてきたし、生活においても仕事においてもそういう発想が染み付いている。自覚した問題はだいたいそれである程度の対策ができてきた。自分の力だけではどうにもならない人間関係とかにおいては、できなかったこともあるけど。

趣味においても同じ考え方をしていて、練習はいつも「できないところの把握」から着手する。 楽譜がなくて弾けないなら楽譜をつくるし、早いパッセージが弾けないならゆっくり繰り返し弾いて筋肉に覚えさせる。 自分で課題を認識できていないなら人に客観的に指摘してもらう。

最近はそれではどうにも伸び悩んでいる気がする。 5月にも同じようなことを書いてて、そこからの進歩があまり見えない。

blog.sugawa-haruka.com

録音したデータで尖ったノイズのような音がするのはスマートフォン内臓のマイクが良くないのかなと思って録音用のマイクを買ってみた。たしかに反響音を拾えるようになったので多少立体的に聞こえる。でもやっぱり出してる音そのものが悪い。 狭い部屋で弾いているからひびきにくいというのはどうしてもあるとしても、この明確なノイズがどうすれば減るのか。どうすればやわらかく鳴るのか。検索してもヒットしない。先生も教えてはくれない。言語化可能なものではないのかもしれない。

良い音を出せた瞬間の再現条件を考察していければいいんだけど、いっこうに良い音が自分のもとに舞い降りてくれないのだよなぁ。やっぱまだまだ基礎段階で、欲を出してはいけなくて、積み重ね時間が足りてないというだけなのかなぁ。

練習したい

音楽 バイオリン

毎朝の支度をしたあとで、楽器のチューニングをして基礎音階練習をする。これはなんだか瞑想的だなぁとよく思う。

チューナーの針がピシっと中心をとらえる音を狙って鳴らす。揺らぎのないはっきりした音を出す。なるべく継ぎ目のわからないように弓を返して次の音を正確に出す。これの繰り返し。

季節によって楽器の状態は結構変わるし、しばらく弾けない期間があるとチューニングはすぐに狂う。ペグをぐりぐり回して固定したら、今度は自分の状態がわかる。集中できる精神状態かどうか、力みすぎたり脱力しすぎたりしてないか。焦ってないか。

瞑想、という行為そのものは私はあまり合わないというか、目を閉じていると却っていろいろ気になってきてしまうのだけど、音階練習だとうまく自分のためだけの時間を用意できるように思う。

学生時代に鍵盤楽器を習っていた頃は練習あんまり好きじゃなかったけど、最近は楽器弾けない日が続くとストレスが溜まる。出張したときもなんとかして練習できるといいんだけどなー。

いつも自分のレベルに合ってない曲ばかり練習している。どう考えても無謀な譜面ばかりやりたいといって持ってくる生徒に対し、先生は咎めたりせずに一緒に攻略方法を考えてくれるので感謝しかない。どんなに難しいフレーズでも要素を分解してしつこくしつこく弾けないところを繰り返し練習すれば、だんだん形になってくることがわかったのは、デジタルなものにばかり触れてきてた自分にとってはかなり画期的なこと。

ただし弾けるとはいっても音符をそのままなぞることができるという段階に過ぎない。バイオリンの世界だとそれは最低限のことだというのは念頭に置いておかねばならない。弾けるじゃなくて聴かせられるようになるのが、バイオリン初心者から中級者への大きな隔たりだと思う。初心者の域を脱するまでに5年とか10年とかかかったりするのかと思うと恐ろしい世界である。 五嶋龍さんの子供時代の演奏とかYoutubeで見てみると、聴かせられるようになるには練習時間だけが重要じゃないって気がしてしまって、どうしてもその表現力がすぐに欲しくなる。実際は龍少年は幼くともめちゃくちゃ練習してるはずだけど。


1995 - Ryu Goto Plays Paginini at age 7

最近はそういうことばっかり気になって、ついビブラートかけまくろうとしたり弓を大きく動かそうとして力みがちになっている。どうやったらもっとなめらかでつやのある音になるのか。その手応えがまだまだ全然得られない。

サイレントバイオリンほしい

これがあれば深夜でも家で練習できる。 でも、手が小さくて普段7/8サイズのバイオリンを使ってる私には、フルサイズだとでかい問題がある。 分数サイズのサイレントバイオリン、出ないかなぁ。

さんぽ

音楽
Napple Tale 妖精図鑑 - さんぽ - - YouTube
3年もこの曲に取り組んでいる。
たった1分ちょっとの短い曲で、聴いた感じだと難しそうには思えないが、いまだにちゃんと弾けない。
それでも今日の合奏では自分のなかでちょっと進歩が見られた気がする。曲の全体像は頭にあるから、こまかいところを取り出して完成度を上げたい。さんぽなんだから軽やかにいきたい。

ときどき個人練を録画して演奏を客観的に見る訓練をしている。自分の演奏はまだまだ弓の動きに無駄が多いし、なめらかに返せてなくて納得いかない。あと表情にかわいげがない。下手なので見るのは苦痛をともなう。
それでも数ヶ月前の録画と比較すると上達してないわけじゃないことを実感できる。すぐには変化のわからないものも、記録することで長期的にはどう変わったのかわかるのは便利。

青春の一冊、妹尾河童『少年H』

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE

http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine

私にとって青春の一冊は妹尾河童の『少年H』。

少年H(上) (講談社文庫)

少年H(上) (講談社文庫)

少年H(下) (講談社文庫)

少年H(下) (講談社文庫)

高校に入学したとき、アナウンサー志望の友人に誘われてなんとなく放送部に入部した。
放送部では、コンテストに向けてアナウンスや朗読の練習をする。 アナウンスと朗読のどちらを練習するかは、主に本人の声質によって振り分けがなされる。声質にハリがあり高い声の部員はアナウンスに振り分けられ、低くこもった声の部員は朗読に振り分けられる。私は朗読に憧れていたが残念ながらアナウンス配属だった。

『少年H』は、私が高校1年生のときの朗読部門の課題テキストだった。朗読部門では小説から好きな箇所を抜粋して、1分半ほどの制限時間で読み上げる。アナウンス配属の私は朗読の課題テキストには縁がなかったが、校内で先輩たちがこの本を朗読する姿にはいつも心惹かれた。

なかでも部のエースだった大西先輩が読み上げる『少年H』は格好良くて、何度も練習風景を見るうちに、いつのまにか先輩の抜粋したシーンを暗記していた。
「そのとき、10メートルほど離れたあたりから、うっ、うっ、といううめき声が聞こえた。……」
焼夷弾の直撃を受けた子どもが苦しみ死んでいくのを見ている人々のシーン。

大西先輩の朗読は予選をらくらく勝ち抜き、県大会も勝ち抜き、全国大会の決勝まできた。 母校は当時、全国大会にようやくいけるかどうかというレベルだったので、決勝出場できるというのは初の快挙だ。 決勝の舞台はNHKホール。紅白歌合戦が行われる国民的ホールである。暗闇と静寂に包まれたその舞台にひとり先輩の白いシャツがライトに照らされて光って、呼吸さえはばかられるような1分半だった。先輩の声には震えも力みもなく、観客である自分のほうがよっぽど緊張していたのかもしれない。
「その顔に、揺れる炎の色が映って、赤かった。」
最後の一文が響くと死や静止としか言いようのない空気が充満して、実際は1000人以上いるであろうホールに誰もいないんじゃないかと思った。
先輩は見事全国優勝を勝ち取った。

それからの2年間は先輩の姿を追いかけて、部員が一丸となって全国優勝を目指した。入部動機があいまいだった自分にもスイッチが入り、熱狂的な部活動生活を送るようになって、こういうことを書くのこっぱずかしいけど良い経験だったと思う。
大西先輩や私を放送部に誘ってくれた友人はアナウンサーになる夢をかなえたし、ドラマ作品の脚本を担当していた友人は漫画家に、ドキュメント作品をつくっていた友人は記者に、何でも屋だった(ぱっとしなかったともいう)私はWebサービスのディレクターになり、当時の経験が生きた仕事に就いている人が多い。
全国大会のあの熱気と、彼ら彼女らのことを思い返すたびに、あの頃の延長線上に今があることを実感する。