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とある魔術のindex_html

すきなものについて語ります

青春の一冊、妹尾河童『少年H』

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE

http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine

私にとって青春の一冊は妹尾河童の『少年H』。

少年H(上) (講談社文庫)

少年H(上) (講談社文庫)

少年H(下) (講談社文庫)

少年H(下) (講談社文庫)

高校に入学したとき、アナウンサー志望の友人に誘われてなんとなく放送部に入部した。
放送部では、コンテストに向けてアナウンスや朗読の練習をする。 アナウンスと朗読のどちらを練習するかは、主に本人の声質によって振り分けがなされる。声質にハリがあり高い声の部員はアナウンスに振り分けられ、低くこもった声の部員は朗読に振り分けられる。私は朗読に憧れていたが残念ながらアナウンス配属だった。

『少年H』は、私が高校1年生のときの朗読部門の課題テキストだった。朗読部門では小説から好きな箇所を抜粋して、1分半ほどの制限時間で読み上げる。アナウンス配属の私は朗読の課題テキストには縁がなかったが、校内で先輩たちがこの本を朗読する姿にはいつも心惹かれた。

なかでも部のエースだった大西先輩が読み上げる『少年H』は格好良くて、何度も練習風景を見るうちに、いつのまにか先輩の抜粋したシーンを暗記していた。
「そのとき、10メートルほど離れたあたりから、うっ、うっ、といううめき声が聞こえた。……」
焼夷弾の直撃を受けた子どもが苦しみ死んでいくのを見ている人々のシーン。

大西先輩の朗読は予選をらくらく勝ち抜き、県大会も勝ち抜き、全国大会の決勝まできた。 母校は当時、全国大会にようやくいけるかどうかというレベルだったので、決勝出場できるというのは初の快挙だ。 決勝の舞台はNHKホール。紅白歌合戦が行われる国民的ホールである。暗闇と静寂に包まれたその舞台にひとり先輩の白いシャツがライトに照らされて光って、呼吸さえはばかられるような1分半だった。先輩の声には震えも力みもなく、観客である自分のほうがよっぽど緊張していたのかもしれない。
「その顔に、揺れる炎の色が映って、赤かった。」
最後の一文が響くと死や静止としか言いようのない空気が充満して、実際は1000人以上いるであろうホールに誰もいないんじゃないかと思った。
先輩は見事全国優勝を勝ち取った。

それからの2年間は先輩の姿を追いかけて、部員が一丸となって全国優勝を目指した。入部動機があいまいだった自分にもスイッチが入り、熱狂的な部活動生活を送るようになって、こういうことを書くのこっぱずかしいけど良い経験だったと思う。
大西先輩や私を放送部に誘ってくれた友人はアナウンサーになる夢をかなえたし、ドラマ作品の脚本を担当していた友人は漫画家に、ドキュメント作品をつくっていた友人は記者に、何でも屋だった(ぱっとしなかったともいう)私はWebサービスのディレクターになり、当時の経験が生きた仕事に就いている人が多い。
全国大会のあの熱気と、彼ら彼女らのことを思い返すたびに、あの頃の延長線上に今があることを実感する。